平成16年5月9日の読売新聞「忠犬の哀心」によせて

富山県大山町の北アルプスで男性の遺体が発見されたことが報じられた。亡くなられた名古屋市の鈴木茂(51)さんと遭難より発見までの4日間、主人のもとを離れず守り通した甲斐犬「弥助」(牝5才)の記事である。甲斐犬に関わりをもつ者の一人として是非会員諸兄にお聞き頂きたいことがあります。

 現代日本の殺伐とした親子関係、長幼の序の乱れを思いながら、この記事の中の甲斐犬の主人に対する忠義を本分とする生き様に本来あるべき日本人と日本犬の真の姿をみました。

私は単なる洋犬嫌いではないのだが、高度な救助訓練を受けた洋犬の使役、作業上に置ける人命救助と、日本犬とくに甲斐犬にみられる主人に対する哀心とは次元が異なります。もしこれが荒れた冬山なら主人の側を放れず寒さと空腹の中で死を選んだであろう主人と犬との絆の深さこそが1万年来の太古より現代に至り未来へと続く日本犬のDNAに他ならないのです。

日本の山野を疾走するには優美なアフガンハウンドやゴールデンレトリバー等の猟犬では完全にミスマッチなのです。その優美さを競うのは完全にショーと化した畜犬団体の為のドッグショーか今流行の「ドックラン」くらいなものでしょう。日本の山野を疾走するのは日本犬以外マッチしないのです。

 山野における「神出鬼没」「風林火山」の代名詞に相応しい犬は甲斐犬が一番であろうことは甲斐犬を飼っている人には実感できるはずです。昨今では甲斐犬といえど山を下り里へ町へと移り住む時代です。甲斐犬は各家庭で飼っているといつのまにか一緒に暮らす家人の気持ちを理解しその家風に自然に馴染みます。これもこの犬の特徴です。ある狩猟家の言葉に「家庭犬として満足できる犬は山に入れてもよき狩猟犬になりうるといえる」とあります。現代においては甲斐犬の飼育家は、恵まれた環境にいる一部の狩猟家でなく里や町の住人である我々の様な飼育家が大多数です。であればこそ日本文化の遺産であり、生きる化石であり我々の宝物でもあるこの甲斐犬を、この忠犬を、より優秀なる血統を後世に残し伝えるよう努力精進することが甲斐犬飼育者の一人としての当然の責務であると、この記事を読んで痛感した次第であります。

平成16年5月                                 代表 小林

 

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