甲斐犬オヤジの独り言7



衆議院選挙の結果とは民主犬誕生

 

犬に例えたら主人公の日本犬達がチャウチャウや珍島犬の格下の存在、ぱしりになることを自ら認めたことに他ならない、という選挙結果。エサが第一 心はなし。

”日本列島は日本人だけのものではない=中国、朝鮮と仲良く分けよう,沖縄は中国へ”

国民は民主党を支持した。これは現代の日本国民が如何に馬鹿であるかが証明された。30〜40代の見たこともない民主党の新人候補達が皆当選している。つまり民主党であれば誰でもよいのだ。その第一の原因はマスコミ。マスコミの世論作りの大成功。つまり日本のマスコミは中立をやめて政治集団となり堂々と民主党支持の放送法違反を繰り返したのだ。日本ではマスコミが政治権力までその実権を握ったことに他ならない。

私なりに民主党政権を一言で謂えば、ナマケ者が得をするための政権、組合クラブ。

世界中の国の選挙で国防、自国の安全保障に言及しない国政選挙があるだろうか。日本しかあり得ない。民主党の支持母体は親方日の丸の自治労、日教組等の大労働組合であり、社会主義の結果平等に毒されているナマケ者の集団である。日本の安全保障上の仮想敵国はどこか。?民主党が友愛外交をしようとする中国、朝鮮だ。民主党政治で一番喜んでいるのはこの中国、と南北朝鮮に他ならない。その民主党が防衛問題に言及出来る訳がないのである。

しかし国の防衛問題とは言いかえれば最大の福祉であり、最大の生命保険なのだ。本来それをウヤムヤにしたり先延ばししたりは責任政党としてあってはならない。それは、国家の安全と国民の生命、財産を放棄する売国奴に他ならないからだ。

しかしそれをやろうとする民主党が政権政党として誕生してしまった。そして大敗北、政権政党から奈落の底に転落した腐った鯛の自民党。この二大政党に期待するものは何もない。野球の野村監督かだれか忘れたが、勝ことはまぐれでもできるが、負けるのは理由がある、との名言は自民党に見事に当てはまる。

民主党の圧勝を褒めるより、真の保守たり得なかった自民党の哀れさを見た思いだ。麻生総理の8月15日の靖国参拝と、集団的自衛権の行使を公約から外してしまったこの二つが、健全な保守層から嫌遠されたことは間違いない事実であろう。しかし自民党が下野したことで公明党と手が切れたことは、真の保守政党として生まれ変われるチャンスでもある。政界再編で真の保守合同に健全な国民は期待しているのである。かく言う私もそれを願う一人なのだが。

問題は自民党に巣くう獅子身中の虫共を排除できるか否か。この点に掛かっている。譬え50議席に減っても真の保守政治家がいれば他の保守政治家との政界再編が出来る。それしか日本の民主主義政治の黎明はあり得ない。

ここで私の尊敬する女性の一人で埼玉大学教授の長谷川三千子女史の月刊正論への寄稿小論文を引用してみたい。要約してあるので読みずらいのはお断りさせて戴く。

 

いま日本国民は何を自戒すべきか 難病としての民主主義。

そもそも、次の選挙で民主党に投票する人々の9割は民主党政権が出来上がったあとのことなど考えもしていないはずである。たしかに民主党は「マニフェスト」なるものを掲げ、「政策」と称するものを持ってはいるけれども、言うならば、それはただ自分達の願望を並びたてものにすぎない。

政治といふものは(限られた 財源や反対勢力の抵抗といったもののなかで)、それをどう実現していくか、といふ部分にかかっているのであって、マニフェストだの政策だのが在るといふことは、その党の政治能力とはほとんど無関係と言ってよいのである。悪い政府を罰するといふ本質 英国人ジャーナリスト、ビル・エモット氏の7月15日付朝日新聞に寄稿した論考「準備の出来た野党などない」である。その記事のなかで、エモット氏は単純明快にかう言ってのけるのである。

民主主義は良い政府を実現するための方法ではない。むしろ、説明責任を導き出したり、悪い政府を罰したりするための方法だ。良くない政府は罰を受けるべきだ。

要するに、ここに言ふ「悪い政府」とは、ただもっぱら、人々が「悪い」「良くない」と感ずる政府、といふことであり、人々のその感じ方は、まったく気まぐれなもので、それに従って「良い政府を実現する」ことができるなどと期待してはならない、といふことなのである。
かうした事柄を「衆愚政治」といふ言い方で言ってしまふと、大事なことが見失はれることになる。エモット氏の発言がわれわれに教えてくれるのは、それが「衆愚政治」などといふたまたまの現象ではなく、むしろ民主主義本来のあり方そのものなのだ、といふことである。民主主義においては、政府が本当に客観的に「悪 い」か否かなど問題ではない。いくら政府が最良の方策を取り、意を尽くしてそれを説明しても、人々がそれを理解せず、納得しなければ、「説明責任」が果たされたとは言へず、そのやうな政府は罰せられなければならない。それが民主主義といふものなのである。

売国は罪であるといふ防壁

民主主義イデオロギィといふものが強烈な毒を含んでいることはたしかなのに、それを常食して、なんら健康を害さずにすんでいるやうに見える国々がある。これはいったいどうしてなのだらうか?古代アテナイの民主政は、われわれによいヒントを与えてくれる。アテナイの民衆は、時とするとなんら客観的な判断に基ずく ことなく、多くの有力政治家たちを弾劾裁判にかけて「罰し」たのであるが、それがアテナイがマケドニアに敗れて主権を失うまで、アテナイ民主政は生き続けたのである。アテナイの弾劾裁判にかけられるべき重大犯罪は三つあげられていて、第一は民主政の転覆の陰謀、第三は議会での収賄だったのであるが、その第二は「売国 罪」であった。

なはち、アテナイの民衆は、いくらその刃を内側に向けることがあっても、他方で、(売国は罪である)といふはっきりした枠組みによって制御されていた。アテナイの民衆は、常にアテナイに対する忠誠と表裏一体の形になっていたのである。現代の多くの「民主主義国家」を振り返ってみても、その形ははっき りと踏襲されている。たとえば、アメリカで民主党が政権を取り、「リベラル」と評されていたオバマ候補が大統領になったのちも(アメリカを敵から守らなければならない)といふ大枠自体は、少しもゆらいでいない。

日本にも、アテナイ民主政における「売国罪」に相当する「外患誘致罪」(刑法第八十一条)といふものがあり、有罪となれば決定刑は死刑のみである。しかし、現在の日本では、この刑法は完全に開店休業状態であって、その存在すら知らない人が多い。また実際憲法第九条をそのままにしておいて外患誘致罪を適用すると いふのも、一種の論理矛盾と言へよう。

すなはち、一つだけ確実に言へるのは、いまのわが国には、古代から現代にいたるまで、「民主主義国家」をその自壊から守ってきた大事な防壁--国防といふ発想--が欠け落ちている、といふことである。さういふ状態において、民主主義イデオロギィ原理主義を振り回したらば、本当に 危険なことになる。それについては、いくら声を大ににして警告しても、警告しすぎるといふことはないのである。

実は、半世紀前の自民党の結党時にも、その旗印は「改革」であった。しかし、それはまさに、敗戦後の占領によって目茶苦茶にされた日本のシステムを改革し、憲法を改正しようといふ、言葉の本来の意味での「改革レボリューション」であった。

当時の総理大臣が鳩山一郎氏である。民主党の鳩山氏が、いま一度、祖父の原点に立ち返るのでもよい。自民党がもう一度、結党時の「改革」の理念にたち返るのでもよい。今度の選挙にわれわれが求めるのは、言葉の本来の意味での、原点への立ち返りとしての「レボリューション」である。 引用終わり

 

まさに正論である。しかし、自民党が獅子身中の虫である左翼の加藤康、中川秀、塩崎、甘利、河野、後藤田等々の売国奴を完全に追放出来るかどうかに掛かっている。それが出来なければ自民党の再生など所詮画餅に帰すである。民主党の支持母体を見れば一目瞭然ではないか、キチ外左翼と田中角栄金権体質の申し子混成団、日教組、部落解放同盟、韓国民団、(朝鮮総連も直接ではないが間接支持)消えた年金の元凶自治労、旧左派社会党、大労組、金権疑惑の旧自民党+山口組・・。

この連中が友愛外交で日本の国益を守れると本気で国民が考えたってか。本気で考えないからこの結果になった何よりの証左。マスコミの扇動に乗った付和雷同、同調圧力の結果、赤信号皆で渡れば怖くない。しかし、もしかして神のお導きかも?!

主人公の日本犬達がチャウチャウや珍島犬の格下の存在、ぱしりになることを自ら認めたことに他ならない、と謂う選挙結果。エサが第一の日本の心無視の民主犬。

 

★ ねずきちのひとりごと ★

皆様に是非お読み頂きたいブログです。多くの偉人、賢人が紹介されています。現代の日本人が忘れてしまった日本人の心魂が、明治を生きた先逹にあります。

私のこのコーナーは政治ブログではないのですが、民主党の圧勝には脅威を感じます。長谷川先生の指摘どうり、民主党に投票した多くの人は政権後のことは考えてないと思いますので、浅学非才の身ではありますが、どなた様かの日本を思うきっかけにでもなれば幸いと思い書いた次第です。

 

 

中東に平和と繁栄の回廊を描け


   

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