甲斐犬オヤジの独り言54

 


「 世界遺産古都奈良の旅」 

 

 

★ 薬師寺 世界遺産 国宝 ★ 法相宗[ほっそうしゅう]の大本山

薬師寺東院堂で「漆黒に魅せられて」の並木恒延先生の漆絵展を見学した。その際に薬師寺管長様と先生の御拝顔の撮影許可を賜り稀有の事と感謝している。

天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見た。その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移された。(718)現在は平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されている。

大講堂は正面41m、奥行20m、高さは約17mあり伝統工法による復元建築で最大級の建物。陀浄土を写した大繍仏像が祀られている。

金堂は享禄元年地域の豪族の戦火で焼け落ち、再建は昭和42年高田好胤師が百万巻写経勧進による金堂再建を提唱、昭和51年に白鳳時代様式の本格的な金堂として復興した。

 

●薬師三尊像 【国宝】 白鳳時代

金堂内の白大理石須弥檀[しゅみだん]上に、中央に薬師瑠璃光如来、右に日光菩薩]、左に月光菩薩がお祀りされている。

薬師三尊の内陣は「瑪瑙[めのう]・瑠璃[るり]・黄金・蘇芳[すおう]・紫檀とあり、まばゆいばかりの様相で、まさに浄瑠璃浄土の世界です。

台座は国宝で、奈良時代における世界の文様が集約、一番上の框[かまち]にはギリシャの葡萄唐草文様、その下にはペルシャの蓮華文様。中央には、インドから伝わった力神(蕃人)の裸像下框には、中国の四方四神(青龍・朱雀・白虎・玄武の彫刻がなされシルクロードが奈良まで続いていたのが解る。

 

東塔(国宝)は解体修理中で視られず残念であった
金堂
西塔
大講堂
玄奘塔

 

 

 

 

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★ 東大寺本堂 ★

奈良といえば大仏さん、その大仏をまつっているのが、東大寺の金堂=大仏殿です。

深く仏教を信じた聖武天皇は743年(天平15)盧舎那仏をつくる詔を出し行基も弟子たちをひきいて協力、7年の年月を費やして749年に大仏が完成、大仏殿もできて、752年に開眼供養の法会が行われた。1180年平氏の焼討ちにあって、大仏もろとも大仏殿が焼け落ち、正倉院・法華堂・鐘楼・転害門などを除いて堂塔を焼失した。1684年(貞享元)幕府の許可がおり、公慶によって復興事業がすすめられ元禄5年大仏の修造が完成、大仏殿も1709年(宝永6年)に落成した。創建当時よりは規模の小さく、間口が27メートルほど狭くなったが、それでも世界一の木造建築である。

 

●東大寺仁王像

高さ8.4mの巨大な木像

門の向かって右に吽形(うんぎょう、口を閉じた像:842cm)・ 左に阿形(あぎょう、口を開いた像:863cm)
1988年〜1993年にかけて初の解体修理が実施され像内からは多数の納入品や墨書が発見された。

阿形像は大仏師運慶および快慶が造り、吽形像は大仏師定覚および湛慶が造ったもので、運慶が制作現場全体の総指揮に当たっていたようである。

 

 

 

 

 

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★ 唐招提寺 ★ 唐招提寺世界文化遺産は、南都六宗の一つである律宗の総本山。御本尊は廬舎那仏(るしゃなぶつ)

艱難辛苦の末来日した鑑真大和上は、東大寺で5年を経過後、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行道場を開き、「唐律招提」と名付けられた。

鑑真和上の私寺の当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などでしたが、金堂は8世紀後半、弟子如宝の尽力により完成、現在では奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える貴重な伽藍となっている。
井上靖氏の小説「天平の甍」の呼び名で親しまれている「金堂」(国宝)は、江戸・明治時代の2回の大修理が行われたことが判明、創建以来約900年に亘って建ち続けたのである。

 

●金堂平成大修理事業

平成7年(1995)の阪神淡路大震災をきっかけに文化財建造物の耐震性が再認識され、平成10年金堂を含む唐招提寺の伽藍建築が世界文化遺産となり、国宝唐招提寺金堂保存修理事業専門委員会が結成2年間に及ぶ調査が実施され、平成12年(2000)より奈良県教育委員会文化財保存事務所の主導による10年を要する「金堂平成大修理事業」挙行された。

寄棟造・本瓦葺
南大門をくぐった正面にその荘厳な姿を見せる金堂は、8世紀後半の創建時の姿を残す代表的な建築物。外観は、正面間口七間、奥行き四間の寄棟造で、前面一間通りが吹き放ち、軒を支える組み物は三手先と呼ばれる形式。

 

 

 

 

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 興福寺 ★ 世界遺産 国宝 南都六宗の一つ、法相宗の大本山

南都七大寺の一つ。猿沢の池のほとりに在り、修学旅行の想い出の地である。藤原氏の祖・藤原鎌足と子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。

 

●五重塔 (国宝)

天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建。。高さ50.1メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。

●北円堂 (国宝)

養老5年(721年)、藤原不比等の一周忌に際し、元明上皇、元正天皇の両女帝が長屋王に命じて創建させたもの。現在の建物は1208年頃の再建で、興福寺に現存している建物の中では最も古い建物になる。法隆寺夢殿と同様、平面が八角形の「八角円堂」である。現在、回廊の復元計画中。

  • 木造弥勒仏坐像(国宝)−晩年の運慶が一門の仏師を率いて建暦2年(1212年)頃に完成した。
  • 木造無著菩薩・世親菩薩立像(国宝)−無著・世親の兄弟は5世紀頃のインドで活動した唯識教学の祖で、興福寺が属する法相宗では尊ばれている。運慶一門の作。鎌倉時代のリアリズム彫刻の頂点をなす作品、日本の肖像彫刻の最高傑作の1つとして高評価を得ている。
  • 木心乾漆四天王立像(国宝)−堂内の他の諸仏より古く平安時代ごく初期の像。

●国宝館

乾漆八部衆立像(国宝)−奈良時代の作。中でも三面六臂(手が6本)の阿修羅像が著名である。

  1. 乾漆十大弟子立像(国宝)−奈良時代の作。
  2. 銅造仏頭(国宝)−白鳳時代の作で、頭部のみ残っているが、白鳳文化を代表する作品。旧山田寺仏頭とも。木造仏頭(重文)−廃絶した西金堂の旧本尊・釈迦如来像の頭部。文治2年(1186年運慶によって作られたとする説が有力。
  3. 木造金剛力士立像(国宝)−鎌倉時代。定慶作とする説もある。
  4. 木造天燈鬼・龍燈鬼立像(国宝)−鎌倉期彫刻の傑作である。運慶の子息である康弁1215年の作。木造法相六祖坐像(国宝)−運慶の父・康慶一門の作。
  5. 木造千手観音立像(国宝)−もと食堂(じきどう)本尊。現在は、食堂跡地に建つ国宝館の中央に安置される。高さ5.2メートルの巨像で、鎌倉時代、1229年頃の完成と推定される。
  6. 板彫十二神将像(国宝)−平安時代11世紀半ばの作。日本では珍しい板に浮き彫りにした仏像で、現在は剥落しているが、もとは彩色されていた。
  7. 梵鐘(国宝)−奈良時代、神亀4年(727年)の銘がある。制作年の分かる梵鐘としては日本で二番目に古い

 

 

 

 

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★ 藤専門の植物園 ★

広大な敷地は様々な藤が満開で、素晴らしい眺めであり、花々を愛でるのは心の安寧で清涼感溢れる至福の時でもある。

 

 

 

 

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★ ホテル・食事 ★

 

奈良駅近くのホテルにて。結構広く、落ち着ける良いホテルであった。 昼食は懐石料理だったので夕食はイタリアン。イタリア産赤ワイン結構美味かった。私はカジュアルな服はイタリア製が好きで、食事も4日に1度はパスタ料理である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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