甲斐犬オヤジの独り言49


「 諏訪大社参拝と北澤美術館」 

 

 

御柱祭りで有名な諏訪大社へ行ってきた。この諏訪大社は4つの宮で成り立ち、全国1万有余社の諏訪神社の総本社でもある。
日本最古の一つでもあり、諏訪湖の周辺に上社の本宮と前宮、下社の春宮と秋宮と4つの宮でなり、神霊はこの4つ宮を移動するとされ、そのしるしは諏訪湖の「御神渡り」に見られるのである。
御神渡りとは冬の凍結した諏訪湖がひび割れそれが道のようにせり上がる現象のことだが、諏訪の人々は昔から神霊の通り道だと信じてきたのである。

御祭神は建御名方神(タケミナカタノカミ」と妃である八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)である。

古事記の大国主の国譲り物語で有名なことは皆様もご存知のように、高天原の使者であり、最強の武神でもある建御雷之男神(タケミカズチノオノカミ)と力比べをして負けたのが建御名方神(タケミナカタノカミ)である。 この勝敗により建御名方神の父神である大国主大神は出雲を高天原に国譲りしたのである。敗者となった建御名方神は妃と13人の御子神を連れ信濃の国づくりを行ったと伝えられている。

諏訪大社は古来より、風と水の守護神とされていたが、武士の時代になり諏訪の武将が優れた武芸者を多く輩出していたので、諏訪大社の御加護に肖ろうとした武将達が自分の領地に御分霊を持ち帰り諏訪神社を建立し、日本全国に武神としての信仰が広まったのである。

 

以上が諏訪大社の説明なのだが、山梨の小林姓は他県から越してきた人や在日でなければ、遠近の時間差は兎も角諏訪地方から来た人々である。
諏訪一族の中にも小林姓が有り、その系統の人々が山梨に移住した小林さん達である。私の父親も代々甲府の呉服商であり、そんなところから勝手ながら私も諏訪には親近感がわくのである。
母親の系統は長崎県の寒村の住職であるから諏訪とは何ら関係はないが

今の日本では神社、仏閣に関心がある人達が以前より増えて来ていることは事実であろう。

パワースポットとして訪れる人達も多いが、参拝の礼儀を弁えれば目くじら立てて怒る必要もないだろうし、事実霊的な場所には違いないが、神社では鳥居をくぐる前に一礼し、寺院では山門をくぐる前に手を合わせて一礼してからくぐる位のことは礼儀として行うべきであろう。地元の小さな神社やお社などは身近過ぎてあまり意識もせず通り過ぎることもあるだろうが、いつもの風景に溶け込み普段あまり目にも止めない鳥居や狛犬にもよく見ると新たな発見もあるはずなのだ。
私の住まいの近くにも天満宮のお社があり、週に一度の割に参拝しているが、参拝するたびに何か発見出来るのである。このお社とて地元 の方々やそのご先祖が累々と守り続けて来たものなのだ。そして日本人の精神や感性を確認出来、参拝の一瞬と言えど心が洗われる思いを体感出来ることは素晴らしいことであり、日本人として生まれたことに感謝の念が自然に湧き出るのである。

私もまだ行きたい神社、仏閣は沢山ある。御利益や開運祈願も良いだろうが、先ず、日本人に生まれたことを感謝することを忘れず神社、仏閣の楽しい小旅行を続けて行きたいと思うのである。次回の小旅行は復興を願う東北にでも行こうか。

諏訪は温泉地でもある。前の「独り言」でも諏訪温泉のことを書いたので、今回は北澤美術館をちょいとご紹介しよう。

 

北澤美術館は昭和58年北澤利男氏が財団法人を設立し諏訪市に誕生した。平成25年5月に開館30周年を迎えた。これにより展示室を拡長し内容を充実し新装開館した。
設立当初から収集してきたフランス装飾芸術の巨匠、19世紀アール・ヌーブォーを代表するガラス工芸家エミール・ガレの「ひとよ茸ランプ」をはじめ、ドーム兄弟の歴史的名作やパート・ド・ベール作家たちの彩どり豊かな作品、そしてその後収蔵に加えたアール・デコの代表ルネ・ラリックのガラス工芸など、光り輝くガラス芸術の響宴を楽しめる。また、現代日本画を代表する巨匠たちの作品も常設展示。心いやされる美の旅へといざなう。  北澤美術館のパンフより抜粋 )

 

エミール・ガレの「ひとよ茸ランプ」は素晴らしいのは当然だが、ガラス工芸を芸術の水準にまで高めたガレも超一流の芸術家でもある。
ガレの展示してある他の作品も素晴らしい。「大黄の葉」取っ手のついたガラスの器だが、よくガラスでここまで作れるのかと感心する。「フランスの薔薇」や「ひとよ茸文花瓶」も結構な作品だが、ガレのサインが縦に入っているとの美術館の解説員の説明があったが、これは日本の影響である。ジャポニスムである。私はエミール・ガレの作品も素晴しいのであるが、巨匠のガレも日本の影響を受けていることに感動したのである。

ドーム兄弟の作品も素晴らしい。「蜻蛉に蛙文文花瓶」「藻魚台花形ランプ」「アネモネ文花瓶」「春草文花瓶」等あるが、「蜻蛉に蛙文 花瓶」と藻魚台花形ランプ」の二つは特に素晴らしい。
ラリックの作品は色を付けないガラスの透明感や白を基調にした作品であるが、「立ち像シュザンヌ」やテーブルセンター・ピース3羽の孔雀」は特に素晴らしい作品である。このルネ・ラリックは1920年代を中心とするアール・デコ期を代表する巨匠である。
パート・ド・ベールは古代エジプトにおいて色ガラスの粉を型で焼く特殊製法で素材の調合等多くの点で謎に包まれた技法だという。ダムーズの「花文花器」ワルターの「蜻蛉文小物入れ」デコルシュモンの「いちょう文耳付杯」等素晴らしい作品だが、等身大の裸婦のデプレ作の「ラ・バーグ」には驚いた。現代日本画には東山魁夷作「晩鐘」これは素晴らしい。上村松晃の「春暖」山口華楊の「青柿 」野村義照の「聖堂」等が特に目に付いた。

私などが美術の世界や芸術など似合わないのは認めるが、しかし本物の持つオーラを感じる事ぐらいは出来るのである。

鑑賞した後の心地よさや感動が、体内の血液を一瞬に浄化した如くの感覚に浸れるのである。正に本物の放つオーラ、エネルギーがそこにあるのだ。上記の諏訪大社もそうであるが、目には見えない霊的な精神性と、目に見える華麗な美的精神性の調和のとれた融合性が、人には必要不可欠なものと言えよう。

それゆえお隣の「告げ口婆さん大統領」のいる韓国や特亜には美的センスは皆無である。この3国は共産主義でもなければ、自由主義でもなく、その根底に共通するものは、儒教である。物作りの匠を育てない国である。 儒教は哲学でもなく宗教でもない。つまりは西洋的哲学や東洋的仏教に見られる哲学を持たない。仏教は支那にはあったが、現在の共産党政権になり忘却してしまった。つまり、日本と支那、南北朝鮮は共通の文化的、精神的基礎が無いと謂うことである。
しかしこの日本においてもこれらの国にシンパシーを感じている左翼と呼ばれる畜群達である。朝日やNHKなどの売国マスコミ達である。

昨今に見られる「脱原発」や「特定秘密保護法」などの大騒ぎはキチガイ集団である。
国民の知る権利 と個人のプライバシーと何の関係があるのだ。一言で言えば、国の大事な秘密を漏らした公務員の罰則を強化するとの法律である。昔の左翼ゴロツキ集団がゾンビのごとく湧き出し、左翼ゴロツキマスコミと共闘しているだけである。
その目的は日本を潰すことだけなのである。特亜3国の反日は日本に対するルサンチマンであろうが、日本の左翼は大騒ぎをして金儲けのネタにしているだけの、時代錯誤の蓄音機に他ならない。日本軍国主義がーで和食食ってるバカ、アメリカ帝国主義がーでジーンズにバンダナ巻いてるバカ、国会周辺で乞食のような格好で脱原発がーのゾンビバカ、弱者、災害被災者に口では声援を送るが1円も寄付しない成金バカ、一日でも早く死んでもらいたい、犬の糞以下の反日マスコミバカ 、こういうバカが行かないところが、神社・仏閣、美術館である。バカがいないところにまた行こう。

 

 

 

 

 

 

諏訪大社本宮前

諏訪大社本宮前にて

 

諏訪大社下社鳥居前

 

諏訪湖畔

諏訪湖畔

 

 

北澤美術館前

北沢美術館前にて

 

エミール・ガレの代表作「ひとよ茸ランプ」

 

 

 

 

 

 

 

「開成幼稚園、教育勅語、愛国行進曲、日の丸行進曲!」

三つ子の魂百までも、 立派な日本人になってください

 

 

 

 

「世界が語る神風特別攻撃隊 カミカゼはなぜ世界で尊敬されるのか」

まったくそのとおり

 

 

 

 

 

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