甲斐犬オヤジの独り言35



「 徒然なるままに・・・6」 

 

26〜7年ぶりに歌舞伎を観る。

7月27日(金)夜の部新橋演舞場・七月大歌舞伎、4幕有り1幕目は「将軍江戸を去る、」2幕目は市川一門の「襲名披露の口上」3幕目は「黒塚」4幕目「楼門五三の桐」それぞれ面白かったが、私は「将軍江戸を去る」が一番気にいった。

将軍慶喜に市川團十郎、山岡鉄太郎役に市川中車、天野八郎役に市川右近、高橋伊勢守役に市川海老蔵の配役であるが、海老蔵に鉄太郎(鉄舟)役をやらせてみたいと思った。
もう皆様山岡鉄太郎をご存知ない方はいないと思うが、ちと説明を、、、

 

号を鉄舟といい、明治維新の功労者であり、江戸城無血開城の立役者でもある。
幕臣であるが尊皇派でもあり、明治時代になっても偉大な政治家、思想家であり剣・禅・書の達人でもある。
一刀正無刀流の開祖で、幕末の三舟(勝海舟・高橋泥舟・山岡鉄舟)と称された。
先祖は塚原卜伝とされ、幼少より武芸に秀でた人物と云われている。
彼の大西郷にして「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と称賛させた人物が山岡鉄太郎である。静岡の県知事時代(当時は駿府県令)には清水の次郎長にも多大な影響を与えたことも有名な話である。

山本海苔店の味付け海苔にも関わり、木村屋のあんパンを好んで食べたとのエピソードもある。
確かに木村屋のあんパンは私も大好物であり、毎日食しても飽きない美味さがある。
茶番劇の東京裁判で東郷茂徳、広田弘毅のアメリカ側弁護人を務めたジョージ山岡は玄孫に当たる。


数々の名言を残しているが、私のお気に入りをご紹介する。

 

宇宙と自分は、そもそも一体であり、当然の帰結として、人々は平等である。

天地同根、万物一体の道理を悟ることで、生死の問題を超え、与えられた責務を果たし、正しい方法に従って、衆生済度の為に尽くす。

 

もう一つ関連した吉田松陰の名言、

末の世において、道義を実践したならば、必ず、その時の人々から、極端と言われる。
逆に言えば、世人から極端と言われないなら、それは、決して道義ではなく、迎合に過ぎない。

 

話が飛んできたが、幕の内弁当も頂いた。
3幕目と4幕目の幕の内に食したが、これがなかなか美味い。値段も少々張るが味は納得である。
因みに今回は2階席で、5列目ながら一人19.000円、一階席なら3万円はするだろうが満席であり、チケットを取って頂いた方に感謝申し上げる。ここでも驚いたのが、芝居や歌舞伎は女性客が多いのは分かるのだが、その年齢層の中心が30代、40代であり、20代の女性もかなり見受けられた。

歌舞伎のお客さんも若い女性が増えている。
何の取り柄もなく、口から先に生まれただけの白痴芸人のクダラヌテレビ番組を見ているかの年代の女性達が、歌舞伎を観に来ている。
ああ何と嬉しいかな。
毎月歌舞伎を観に来られる方は少ないであろうが、半年に一度、年に一度位日本の伝統・文化の一つである歌舞伎や狂言を是非観て頂きたいと切に願うものである。

しかし、世の男達は元気がねーなー。

若者は部屋に籠ってセンズリか。街に出ろよ。可愛いお姉ちゃん達のおまんた囃子が聞こえるぜ。
金がねえってか。アホか、何でもいいから仕事して稼いだ金でたまにはパーッとやれや。

 

さて硬い話になるが、最近の脱原発・反原発運動の盛り上がりはどうなってるのだ。
原発反対派は放射線の話を大げさに鵜呑みして、福島第一原発の恐怖の再来を危惧し、原発賛成派は、原発抜きの日本社会の低落を危惧して反対派に反対しているのだが、私の意見は簡単である。
毎年5兆円の燃料輸入と、GDPの縮小、国内産業の空洞化、失業者増大、自殺者の増大、電気代の高騰、停電によるリスクの拡大、CO2の大量の拡散その結果は間違いなく、国民生活の破綻と国益の損失。

官邸前国会前の所謂「市民デモ」それを裏で煽る反日マスコミ。

この反日マスゴミには深い洞察力も知識もないのである。
つまり、「市民デモ」とそれを煽る反日マスコミは、日本及び日本人を地獄へ落とすことが目的であり、それを無節操な感情論のみで正義感ぶるおめでたいB層とやらが踊らされてるに過ぎないのである。
なぜならばこの「市民デモ」を主導しているのは何者か、ネットでその出自を検索すれば簡単に出てくるはずである。

北朝鮮シンパの団体なのだ。菅直人や鳩山の腐れ外道や民主党が億の金を献金した団体の身内なのだ。つまり、偽善者、朝鮮人、反日極左の殺人集団である。

脱原発・反原発を叫ぶ代替案なき無責任極まりないこのゴキブリどもを糾弾しなければならないのである。
これらの殺人集団の意図も解らず、「子供達の未来を考えてください」等叫ぶ若い母親達の姿も目につくが、この無知な善良なる市民達が何れ程戦後日本社会を歪にしてきたのか。
戦後の日教組による共産主義革命思想を後押しし、日本の伝統・文化を否定して来たではないか。
そして日教組と謂う諸悪の根源であるその親玉が政権与党の幹事長であり、朝鮮の為の政治をしている民主党を誕生させたのではないのか。

「市民デモ」の団体の幟旗を見よ。
全共闘、三里塚闘争、日米同盟反対、9条の会、全国教職員組合、緑の党、解放同盟、各大手労組、まさにキチガイ左翼の殺人集団ではないか。

そしてこいつら組合から日当貰ってデモに参加しているプロ市民団体である。
あの60過ぎのキモイじじいやばばあの嬉々としてうれしそうな顔を見よ。
地獄から這い出たシワだらけのゴキブリそのものである。宿痾であり、塵、ゴミである。

青春時代にゲバ棒を振るった仲間達と同窓会できてうれしい、うれしいてなもんだ。
個人的には朝鮮総連、民団、部落解放同盟などは指定暴力団とし、ツバはいてもパクれば日本も静かになると思うが。私も脱原発には理解できる面もあるが、反原発は昔の左翼の反核運動と同根であり、古びた 共産主義の押し売りに過ぎないのである。しかし、脱原発を叫ぶのなら代替案を示さねば片手落ちのはずである。
天然ガスでは国が潰れるし、太陽光や風力などでは賄えないのだから。

 

大津いじめ事件に一言、

大津いじめ事件の根源は、正に戦後の日教組、南北朝鮮の工作、共産党、社会党、部落解放同盟、全共闘等の日本の伝統・文化を否定し続けた破壊活動の結果であるといっても過言ではない。
大津いじめ事件の主犯と言われる少年の木村と謂う母親は、

「あんたの子供は死んだけど、自分の子供は生きていかなきゃならない。どうしてくれるんや」

と大声張り上げ主張したと聞く。

正にこの親にして、この子あり、これ日本人の感性、感覚か?今までの日本人であれば詳細な事の真相はともかく、一人の罪なき少年をいじめ殺した事実には変わりなく、まともな親なら、「亡くなられた子供さんに申し訳ない」「世間をお騒がせして申し訳ない」が初めに出る言葉ではないのか。

この木村と謂う馬鹿、キチガイ女、 大津地域女性団体連合会の会長だという。
この会は「人権を守る市民の会」に所属で、この市民の会は滋賀県人権教育大津研究会、部落解放同盟大津市協議会等で構成されている。
そして自己保身が子供の命より優先する教育委員会や教師、担任、校長、地元警察も同じ構造であり、人権を高らかに掲げる団体は全て反日団体である。

人権とは朝鮮人の人権であり、部落民の人権であり、それに巣食う反日左翼の人権であって、まともな日本人の人権ではないのである。

ここがはっきり理解できなければ、いじめ人殺し事件はなくならないのである。

いじめを失くすには暴力には暴力でしか対応出来ないのである。
「それではいじめた側と変わらない、暴力には反対」とのおっちょこちょいな、何でもまあまあで過ごし てきた輩ははっきり言えば卑怯者である。

自分の子供が同じ立場に立たされても、まあまあで済ますのか。

私は自分の子供が自動車事故で死んでも敵を殺すだろう。

光市母子殺害事件で当時少年の犯行を死刑判決まで裁判闘争で、戦った本村さんという方は立派だが、私には出来ないだろう。

子供のいじめは親や教師が四六時中ガードは出来ないのである。
究極の選択はいじめられたら死ぬ気で殴り返すしかないのである。

加害者の親がキチガイであれば尚更だろう。死ぬ前に死ぬ気で殴り返すしか選択肢はないのであるが、世の親達がこの木村の馬鹿女のような類であり、国の安全保障と謂う最重要課題より明日の手前の生活が第一と謂うノンポリの親がいる以上、子供の悲惨ないじめ人殺し事件は解決出来ないのである。

つまり、この親にしてこの子有りである。しかしこの事件は徹底的に解明、究明し、親子共々血祭りにしなくては亡くなった少年は浮かばれないと思うがどうであろうか。

ここをご覧の方は甲斐犬愛好家の方が多いと思うが、女性達が犬を○○ちゃん、○○パパ、○○ママと呼ぶには気にならないが、私個人の意見として勘弁願うのが、いい年こいたおっさんが、「○○ちゃん」だの、「○○パパ、ママ」だの、はっきり言ってアホかと謂いたい。

男なら○○オヤジ、○○父でいいんでないの?

相手の犬なら○○号でいいんでねえべか。
こんなところにも今の日本人の平和ボケ、脳内お花畑、こういう輩が民主党に一票入れながら、何の反省もせず「民主党は駄目だ」と今更何いうだ。

それと男のくせに、メリークリスマスなどとほざく輩もアホである。
女性なら分かるが、しかし、見識ある女性はクリスマスを載せてもちゃんと4月8日の花祭りをしっかり載せている。
ちゃんとしたバランス 感覚を持っているのである。

嗚呼、今のおっさんには筋や道理が解らないらしい。

60過ぎでもド演歌聞かない。
まして男のド演歌などまず聞かない。
日本人の義理、人情がギブアンドテイク位にしか考えてない。
演歌とは本来政治的主張を込めたものが始まりである。
明治の自由民権運動から始まったのである。
大衆へ訴えるのに難しい話だけでは飽きられるので、三味線やバイオリンで時勢に遇った唄を余興に歌ったのが始めである。

明治・大正の代表的歌を2〜3ご紹介しよう。

 

  

★明治元年 宮さん宮さん

 

宮さん宮さんお馬の前でひらひらするのは何じゃいな

トコトンヤレトンヤレナ

あれは朝敵征伐せよとの錦の御旗じゃ知らないか

トコトンヤレトンヤレナ

国を追うのも人を殺すもだれも本位じゃないけれど

トコトンヤレトンヤレナ

薩長土肥の薩長土肥の手向かいする故に

トコトンヤレトンヤレナ

 

明治7年 書生ぶし

 

書生書生と軽蔑するな明日は太政官のお役人

ヨサコイヨサコイ

書生書生と軽蔑するなフランスのナポレオンも元書生

ヨサコイヨサコイ

 

私は「雪の進軍」とか「抜刀隊」が好きなのだが、大正14年の歌で16歳の時に覚えた「籠の鳥」を紹介しよう。
皆様もどこかで聞いた記憶がある方も多いはずである。

 

あいたさ見たさにこわさをわすれ 暗い夜道をただ一人

あいに来たのになぜ出てあわぬ ぼくの呼ぶ声わすれたか

あなたの呼ぶ声わすれはせぬが 出るに出られぬ籠の鳥

籠の鳥でも知恵ある鳥は 人目忍んであいに来る

人目忍べば世間の人が あやしい女と指ささん

指をささりょとおそれはせぬが あたしゃ出られぬ籠の鳥

 

 

だいぶ横道にそれたが、日本は民主党政権により地獄の底へ降下中なのである。

一分一秒早く民主党を潰さねば日本が潰れる。

私の言わんとする処は常に同じなのだが、50歳以下のまだ人生20〜30年残っている方に謂いたい。

 

靖国へ参拝を、日本の防衛も外交も日本人としての矜持も全て靖国にあるのである。

靖国神社を理解すれば日本の前途が理解できる。「義を見てせざるは勇なきなり」今多くの若者が靖国に参拝している。

どうかこの拙い論をご覧の方々、少しの勇気を出して参拝してください。

参拝すれば貴方が変わるそして日本が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

一服タイム,,, 

 

 

いじめから見える戦後日本の姿

 

 

 

日本人が目覚めないと必ずこの法案が通る

 

 

 

 

 

過去ログページに戻る


戻る