甲斐犬オヤジの独り言34



「甲斐犬・西日本交遊会創設記念式典」 

 

 平成24年6月24日(日)

 会場 兵庫県佐用郡 ゆうあいいしいグランド
 
 主催 西日本交遊会

 後援 西日本交遊会兵庫支部 甲斐犬源友会

 

先ず、西日本交遊会の設立おめでとう御座います。後援を務めさせて戴いた甲斐犬源友会の代表といたしまして、衷心より御祝いを申し上げます。。

西日本交遊会創設記念式典の代表をお務め戴いた岡山県津山市議会議員の森西様始め、役員の皆様、会員の皆様方、そして西日本交遊会の中心的存在であります中村正孝様、司会を務められました坂本様、中村様のお二人の御令嬢姉妹様、本当にご苦労様でした。
この場を御借りいたしまして御礼申し上げます。

 

この度の創設記念式典には源友会からは、代表の私と山梨からは2名、長野から1名、徳島から2名の5名で出席させていただいた。そしてこの度の創設記念式典で気になっていたことは、甲斐犬の弟子である平井秀和君の仕事振りである。西日本交遊会の兵庫支部長としての大約が無事果たせるのか一抹の不安もあったのだが、案ずるより生むが易いの通りの結果で、その仕事ぶりには大いに満足したのであった。
我子の初陣を見た親の心境であるが、無事見事に初陣を飾ってくれた。平井君ご苦労さま。


西日本交遊会には狩猟部門あり、展覧会部門ありで、狩猟や普段の活動は西日本交遊会として本部を中心として展開し、展覧会には源友会のメンバーとして活躍すると謂うものである。
開催までの経緯等は「播磨の甲斐遊紀」のブログに詳しく載っているので割愛するが、「源友会の平井や小林に乗っ取られる」との妄言を吐いた輩がいたことは実に残念至極である。

詩人のワーズワースは「言葉は魂の響きである」と謂う。日本では太古より「言霊」といい言葉には魂が宿るとされている。そして「言葉」は聞く人の一生をも決定するほどの力があり、だから「言霊」が宿っているのである。
ただ甲斐犬を愛する者達が協力し、切磋琢磨しようと立ち上がった、ただそれだけのことである。
妄言を吐く輩とは即 ち、まともな日本人の感性が皆無ということである。自己中の大馬鹿に過ぎない。


「出会いが人の一生を支配する」との名言があるが、「一期一会」もしかりであるが、この度の西日本交遊会の中心的存在でもある中村様との出会いの御縁も、こよなく甲斐犬を愛する者同士が必然的に出会うべくして出会ったと謂うことである。そこには金銭的な絡みや打算的利害などないのである。あるのは私と中村さんの男と男の約束と信頼関係以外ないのである。そして目的は唯一、良い甲斐犬を作ることである。(他に何もありゃせんのよ・・・)
甲斐犬源友会が展覧会中心の活動であり、西日本交遊会は狩猟、展覧会、家庭犬とそれぞれの部門が有り、会の名称通り交遊の会なのである。

実に素晴らしい発想ではないか。
飽く迄も甲斐犬中心だが、狩猟には柴犬も紀州犬も四国犬も居て良いのである。
何故「 乗っ取られる」と謂うミクロ的思考しか出来ないのか。
延いては畜犬界にも貢献出来ると謂うマクロ的な思考が何故出来ないのか。
まあ出来ねえから吠えているのだろうが、実に情けないわ。日本人の劣化だね。


「一隅を照らす者はこれすなわち国宝なり」

最澄・伝教大師の言葉であるが、この言葉は何もエリートや成金のことを指す言葉ではなく、社会の隅でどんな職業であれ直向きに打ち込んで輝いている人を指す言葉であると私は理解する。

そうであるなら西日本交遊会と甲斐犬源友会とのコラボも行く末結果オーライであれば、「一隅を照らす者」の仲間入りは出来そうである。
まあ飽く迄も結果論だが、何事も前向きにアクティブにである。
そしてこの度の「創設記念式典」で見事に活躍した源友会の仲間であり、甲斐犬の愛弟子であり、西日本交遊会・兵庫支部長でもある平井君の仕事振りを見て、いつの時代でも時代を動かすのは若い人達であると実感した次第である。

そして劣化した日本人を正して行くのも若い人達の力が絶対に必用不可欠なのである。
昔から「類は友を呼ぶ」と謂うように、同じ志を持つ仲間が集まるものだ。
物事、深謀・遠慮も時には必用だが、一番必用なのは行動を起こす勇気である。
長幼之序を守り、惻隠之心で弱者を守り、亭主の威厳で家庭を守り、靖国神社に参拝し、一旦緩急あれば血を流す覚悟ある若者が3人いれば「一隅を照らす者」になれるのだ。
そして西日本交遊会並びに甲斐犬源友会を背負って行ける人なのだ。

展覧会でも未成犬より成犬まで上位を確保し、優良犬総合まで行くようになると、己が偉いと錯覚を起こす者が出てくる。
嗚呼、「勘違い」である。
源友会でも2名の除名処分者がいる。本人達が自主的退会と言うのは勝手であるが、はっきり言ってクビなのだ。

かたや、子犬の繁殖を一度もしたことがないのに、子犬について能書きをたれ、平気で会員のブログにコメントを載せるなどの愚行を繰り返している。
まあその前兆が展覧会のハンドリングである。
誰が見ても見苦しいハンドリングを己なりに習得したつもりなのだろうが、基本を逸脱し、自己満足の結果で己の非を認められず、否、己の非が今だ理解出来ないところに哀れささえ感じる。

こういう馬鹿は自己所有の犬の両親犬は載せても出生犬舎は載せ ていない。
つまり乗せられない後ろめたさがあるからである。日本人の劣化である。かたや、自分の行動に伸びがないと他から指摘されているにもかかわらず、犬の世界でも伸びがないことを今更していることに気がつかないでいる。
つまり己の目先の事象しか目に入らないからなのだが、人間50を過ぎると改めることは無理であろう。

まあこのように自分で作出した訳でもなく、金を出して偶然手に入れた犬が偉かっただけに過ぎぬのに、己が偉いと錯覚するうぬぼれた輩は今後も出てくるであろうことは、想像に難くないのである。
そういう馬鹿が出ても「だからどうした」で対処するしかあるまい。相手にするほどの者ではない。
本筋を逸脱した者は所詮一時は光っても、永続きはしないのである。
これらの ことは今後の西日本交遊会にも甲斐犬源友会にも起こることであるから、お互いの会のためにも注意を喚起していきたいと思う次第である。

 

末尾となりましたが、西日本交遊会の今後のご活躍と中村様初め会員の皆様方の御健勝を御祈念申し上げまして「西日本交遊会創設記念式典」出席の感想とさせて戴きます。

 

 

 

 

 

一服タイム,,, 

 

 

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