甲斐犬オヤジの独り言32



展覧会一考 Part2」 

 

平成24年度春季甲斐犬愛護会135回展覧会が4月1日(日)例年通り韮崎市の釜無川河川公演広場で開催された。

例年であれば桜の花が満開の頃だが、今年は寒さ厳しく桜咲く様子もなくちと寂しい中での開催であった。それでも150頭に及ぶ甲斐犬が出陳されたことは大変意義深いことであろう。そして前回の「独り言」で昨年秋期の展覧会の審査に苦言を呈したが、今年も又苦言を呈する状態であったことは残念である。

先ず審査員には過誤のない明快、明朗な審査をして頂きたい、との一言に尽きる。出陳者、或いはハンドラーには審査中の異議申し立てはマナー違反であることも心得たい問題であろう。私が一番見苦しいと感じることは、審査中の審査員にある人物が後ろで耳打ちすると、その耳打ちした人物が去った後で、席次が必ず変更することである。

これは茶番、出来レースと言われても仕方がない行為である。これはただ私個人の感想ではなく、見学者の中から、一見素人さんの女性の方々からも漏れ聞くことが多々あるのだ。「何あの人偉そうに見ていて気分が悪い」「何であの人がコソコソ言うと順番が変わるの」これら素人さんでも審査の異様差が分かるのである。

勿論、補助審査員がいて相談することは大いにあることだろうし、何の不自然差も感じないのだが、審査員の耳元で囁き、その人物が去った後に席次が変わるのは、審査員に命令している以外考えられないのである。百歩譲って考えてもそうとしか見られない態度は展覧会の審査員として厳に慎まねばならない態度と言えよう。

愛護会の展覧会は若い方が多いことには大いに喜ばしい限りであるが、その反面、愛護会自体が会員から疑念を抱かせる審査は猛省するべきであり、秋の展覧会の様子を見て私なりの結論を出そうと考えている次第である。

内輪の中にも問題提起することを嫌がる方々もいると思うが、我々会員の為だけでなしに甲斐犬愛護会が発展していく為にも、おかしいと思うことには、おかしいと声を上げるのも会員の務めではないだろうか。

問題提起に反対する方に言っておくが、賛成しなくても結構だが、最後迄「黙っていろ」と謂いたい。
影であちこちに「目立つと嫌われる」「展覧会で落とされる」「うどんが食えない」「モーニングが食わせて貰えない」等陰口を叩くなと謂うことである。お前ら金玉ついとんの。もしかして片金かい。(犬の片金なんぞ可愛いものだ)


自分に関わる目の前の損得には大声出しても、他人様や全体のことになると、「そんなの関係ねえ」ではあんたの人生ナンボのもの、石橋を叩いて渡るのもよいが、人生にそれ以上必要なのは「臨機応変」だろう。
80キロ規制の高速道路を100キロで皆がスムーズに走行していれば、その流れに乗ることも時には必用なのだよ。
80キロで追い越し車線を走行するアホになることはないではないか。そのために走行車線と追い越し車線があるのではないのか。

私が謂いたいのは、真面目に活動している方が馬鹿を見ることがないようにしたいと謂うことなのだ。
自分から何の行動も起こさず、影でコソコソ人の悪口言いながら、自分の同情をかうためだけに苦心し、仲間を集めようとする輩には、亀ちゃんが謂った「ゴミは捨てろ」で対処していくつもりである。
国民新党の分裂騒ぎは本当に醜いものであったが、偉いのは亀井あきこだ。女を上げたね。
代表の亀ちゃんと行動を共にし筋を通した。男が男でなくなり、自民党でも一部の応援できる政治家はいるものの、女性議員が立派に見える。大和撫子\(^^@)/万歳\(^^@)/


人が集まり輪が広がると人間関係も難しくなるものだが、源友会でも同じである。
自分で身を引いたと宣言しながら影でコソコソしている輩がいるようだが、反省の態度が見られない場合、私の一存で除名処分にする。「ゴミは捨てろ」だ。そしてルビコン川を渡ってしまったもう一名、ニ名の処分を検討中である。
何を勘違いしているのか分からないが、お前らは円満退社した訳ではないのだよ。クビなのだよ

であるならば以前の社員と個人的な付き合いは目をつぶる場合は有っても、同じ土俵に上がることなど出来ないことであり、してはいけないことである。それが一線を引くことであり、ケジメ、筋を通すと謂うことである。


まあ己の保身と欲で人としての道を踏み外した外道の国民新党の売国奴議員どもは亀井あきこの爪の垢でも煎じて飲めや。


 

 

 

 

 

一服タイム,,, 

 

 

この歌を聞いたときは衝撃を受けた。
曲といい歌唱力といい英語の発音といいぶったまげた。
初めは黒人が日本語混じりに歌っていると思ったほど。

 

 

 

 

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