甲斐犬オヤジの独り言31



如月一考」 

 

1月は「いく」、2月は「にげる」、3月は「さる」、と昔から云われている。

これは正月ののんびりとした日が過ぎ、慌ただしく時が過ぎゆくことを表しているのだが、毎年毎にそう実感する。

「如月」も単に支那の2月の異称と謂う説もあり、「着更着」とし、一枚多く羽織ると謂う説や「気更来」気候が陽気になる季節とする説、「生更木」草木が生え始める季節とする説と色々あるが、支那の2月の異称だけではちと色気がなさ過ぎると思うがどうであろうか。

2月11日は紀元節である。「日本書紀」の初代神武天皇は「辛酉の正月庚辰の朔」今の奈良県の畝傍山の橿原宮で即位した。人間天皇の初代の誕生である。「カムヤマトイワレヒコノミコト」であり、それ以前の皇祖は今の宮崎県の日向高千穂に3代の神がおり(ニニギノミコト、ヒコホウデノミコト、ウガヤフキアエズノミコト)その前の神々は天上におられ天照大神を始め神話の世界に連なっている。
橿原の宮で即位された神武天皇を西暦に直すと紀元前660年の2月11日に当たり、「紀元節」となったのである。

明治維新となり、明治天皇が今後の日本の建国の精神を御示しになったのが、
「諸事神武創業之始ニ原キ」であった。
つまりは、神武天皇の建国の精神を基にこの国を治めると謂うことである。

私の朧気の記憶で正確でなく申し訳ないが、日本書紀の大事な処は、

「上ハスナワチ天津神 国ヲ授ケタモウ徳ニ応エ 下ハスナワチ皇孫ノ正ヲ養イ シカルノチ六合ヲ兼ネテ都ヲ開キ 八紘ヲ掩ヒテ宇トナサムコト亦可カラズヤ」

であり、私なりに要訳すれば、皇祖皇祖につながる天皇がこの国を治め都を開き四方八方の人々が一軒の家のように住み仲良く暮らすことは素晴らしいことだ、と理解する。
つまりは、「八紘一宇」のことである。

残念ながら戦後の日本では、皇国史観や軍国主義にこの「八紘一宇」が代名詞のように謂われ続けてきた。
それに代わって今では左翼史観、反日自虐史観が横行しているのが現実である。
それ故に健全なる愛国心迄なくしているのも又現実である。
自国の歴史を否定する国家が、民族の誇りや自信が育まれる訳がないではないか。その結果が民主党政権誕生である。つまりは日本解体政党を日本人が選んでしまったのである。
まさに愚かの極み以外の何物でもない。

日本は建国以来一度の断絶もなく、今上陛下まで125代皇位の継承がなされ、しかも男系の天皇を戴いてきた世界最古の国家である。
今年は古事記の完成以来1300年目に当たるとのこと。
この機会に古事記や日本書紀を見直し、神話から繋がる皇紀2672年の歴史と伝統文化に畏敬と共に誇りを取り戻す契機にしたいものである。

昨年の3・11の東北大震災は1000年に一度の大災害であったが、被災された方々はもとより、自衛隊、消防、警察や多くの日本国民の絆が今でも日本にはあることが再確認された。
神武天皇より現代に至るまでこの絆、すなわち日本人の精神性は連綿と受け継がれていたのである。
明治天皇が「諸事神武創業之始メに原キ」これを受け継ぐために紀元節が設けられたのである。
現代に生きる我々、大臣から国民まで虚心坦懐に紀元節をお祝いしたいものである。日本の国家には変えてよいもの(現占領憲法)と、変えてはならぬもの(天皇を中心とした伝統文化)が歴然としているのである。

 

 

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ホイットニー・ヒューストンが死亡したと新聞記事で知った。
ここ10年位はやや忘れられた存在だったが、私もファンの一人として冥福を祈る。

日本でも何回もツアーをやっている。
来日中、夫だったボビー・ブラウンとの夫婦喧嘩で首都高を走る車から、ホイットニーから結婚指輪としてを送られていたその大事な指輪を車窓から投げ捨てたという。
時価5800万だというのには驚くが、アホ男には違いない。まあ男運はなかったということだ。その後は派手な世界だけに薬物、アル中そして大麻所持で捕まっている。
よくある転落コースをまっしぐらだったようだ。そんな生活では声も出なくなるのは至極当然であり、「世界の歌姫」も「世界の歌えない姫」になったようだ。
代表作は何と言っても、「アイウィルオールウェイズラブユー」であろう。
あの高音の美声には本当にしびれたね。私がホイットニーの歌を聞いたのは30代前半であり、それからもう25年経つのだが、本当に人生光陰矢の如しである。
ケビンコスナーと共演した「ボディガード」の主題歌だが、映画もよく出来た作品だと思うし面白かった。ホイットニーの歌手生活で最高の絶頂期だった様に思う。

「ハウ ウイル アイノウ」「ソー エモーション」「すべてをあなたに」等が好きだったが、ヤフーのギャオで特集を見つけ何度も見ているが、「アイウィルオールウェイズラブユー」はやはり最高だ。同時期にジャネット・ジャクソンも聞いていたが今でも大ファンである。

 

 

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寒さのせいなのかどうかは分からぬが、何しろ物忘れが頻繁で困っている。

ヘビースモーカーも原因だろうし、過ぎた飲酒も原因の一つには違いなかろうが、私の場合生まれ付きのアルツハイマーではなかろうかと思っている。
特に冬場が多いと思うのだが、用を思い出して隣の部屋にいけば用を忘れ又戻り、思い出しては又隣の部屋に行き、本来の用とは違うことに目が行き本来の用をまた忘れ、又戻って思い出しやっと本来の用を済ませるという繰り返し。
加齢と共に仕方がないと諦めてはいるものの、頻度の多さにちと困っているのが実情だ。
それでも酒もタバコも減らそうなどとは一向に考えていない。
酒とタバコはセットだと思っている。
禁煙者の中にもふた通りの人物がいて、かたや「俺の前ではタバコは遠慮してくれ」という者、かたや「俺も以前は吸っていたので吸う人の気持ちもわかるから、俺の前では遠慮なく吸ってくれ」という者である。
当然後者に軍配を挙げたい。勿論喫煙者のマナーの問題もあろう。禁煙指定場所などでは当然喫煙はなしである。
まあ目的もなしに長生きしたいから禁煙するのも個人の自由であるが、場所をわきまえての喫煙も個人の自由である。
ヒステリックに禁煙を叫ぶ者(医者に多いが)副流煙だかなんだか知らないが、度を越した禁煙論者よ、無菌室で生活しろや。

 

 

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今日久々に電話があり、「甲府の警察に保護された甲斐犬がいるが、自動的に保健所へ行くことになるので飼い主を見つけられないか?」とのこと。

私は犬屋であっても捨て犬や迷い犬のボランテアでもなく、動物愛護の慈善家でもない。
電話してきた方は若い女性のようだが、彼女自身は心根の優しい人なのだろうが、はっきり謂えばお門違いである。
個人やグループで捨て犬や迷い犬を保護している方にはご苦労さまとも思うが、所詮殺処分される犬の何万分の1のキャパしかないのである。それが現実なのだ。
保健所で殺処分される犬を、市や県や国の行政機関が保護すれば平成版の「生類憐みの令」になるではないか。
偏った愛犬家や愛猫家は「犬や猫にも生きる権利がある」といい、「人が犬を 殺処分する権利があるのか」とトチ狂った言動もみられるが、はっきり謂えば人は犬を殺処分する権利があるのだよ。
それを法律に則り粛々と行なっているだけのことで非難されることではない。

平和ボケのぬるま湯につかり、個人の感情論でしか判断できない日本人がいかに多いことか。
人より犬の命が大事だとでも錯覚していると思われる輩もいる。
又そう謂う輩に限って、今現在でも人権を無視し、蹂躙し他民族を虐殺している支那中共には黙して語らずの態度である。
「犬のことと政治的なことは次元が違うはなしではないか」と謂う人もいるだろうが、常識的価値判断があるかないかの問題として捉えることが出来るとも謂える同根性があるのである。
まあ昨今の大人で、筋を通すことやけじめをつけると謂う言葉を勘違いしているアホもいるご時世では、致し方ないことなのだろうか。

 

 

 

天皇陛下の心臓手術の御成功と御体の御回復、両陛下の御長寿を祈念すると共に、御皇室の弥栄並びに御繁栄を祈願致します。

 

パソコンの調子が悪く如月が弥生と重なりますが御容赦の程お願い申します。


 

 

 

 

一服タイム,,, 

 

 

長谷川三千子、明治憲法と日本の国柄

知性と教養エレガントな私の尊敬する先生です。

 

 

 

 

青山繁晴「開戦と民主主義を考える」


 

 

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