甲斐犬オヤジの独り言20



「徒然なるままに・・・Part2」 


今回は音楽の話をもう少し続けさせて貰う。

ド演歌では、都はるみの歌が好きだと前回述べたが、一番好きな女性歌手は、今は亡きテレサ・テンである。
あの透き通る高音と歌唱力は素晴らしいものがある。その中に、スキャンダルという歌があるのだが、
「おお、これは俺のテーマソングだ」と勝手に解釈して、カラオケでは必 ず悪声を響かせながらも歌ったものである。
歌詞の中に、「三茶、下北、吉祥寺」の地名が出てくるだけのことなのだが、私の十代の遊び場は正に「三茶、下北、吉祥寺」なのである。遊び場の中心は新宿、渋谷なのだが、三茶、下北、は地元なので、勝手に「俺のテーマソングだ」とこじ付けしていた訳である。。

中学生時代はビートルズ、ローリングストーンズから、洋楽を聞くようになったのだが、日本の歌謡曲、ポップス、は嫌いで聞く気もしなかった。ド演歌と軍歌以外は、だ。
高校時代はフォークソングみたいなものが流行っていたと思うが、個人的に虫唾が走るほど大嫌いであった。
それ以前の日本のグループサウンズよりは幾らかまし、程度であった。中3のころからディスコに行き出し、ロック系からR&B系に代わって行った。
そこでよく聞いた曲が、ジャクソン5だ。当時幼いマイケルの歌 のうまさと、高音の美声に感心したものである。
ラテン系ではアストラッド・ジルベルトの定番である、「イパネバの娘」や「おいしい水」であり、衝撃を受けたのが、セルジオ・メンデスとブラジル66というグループの「マシュケナダ」と「フールオンザヒル」の2曲だった。
2曲ともオリジナルかどうかは分からないが、ビー トルズナンバーだが、アレンジの違いには驚いたし、女性ボーカルの素晴らしい歌声に感激したのを覚えている。そして、その後の衝撃は何と言ってもジェームス・ブラウンだ。今までのR&Bにないシンセサイザーを取り入れた全く新しいソウルミュジックだ。
このジェームス・ブラウンの音感にはほんとうにシビレた。そのジェ ームス・ブラウンも亡くなった。

「人生、光陰矢の如し」である。
私の高校時代は、学生服で焼き鳥屋でもスナックやバーでも平気で酒が飲めたし、喫茶店で平気に煙草が吸えた時代である。高校行きながら、毎日酒飲めた、私に言わせると、古き良き時代でもあった。
高校2年の時には、バーの飲み代の回収まで任された。先輩達と新宿のゴールデン街や2丁 目で朝まで酒を飲んでるような立派な模範高校生である。(?)
どこでも酔えば軍歌なのだが、(今でも変わらない)10代で歌謡曲を歌うのは、美空ひばりの「悲しい酒」と「カスバの女」だ。シブイねー、というより10代からオジンなのである。その10代でハマったのが、浪曲である。
先代広沢虎造の「国定忠治・名月赤城山」 「清水次郎長伝」「石松30石舟」等にはしびれたねー。
浪曲聴くのは、私が10代の頃は50代以上の方々であった。20代で歌舞伎の良さも分かり、日本本来の芸能と謂うものの、奥の深さを感じることができた。日本の伝統・文化の一躍を担っている正に本物が、そこには有ると確信できたのである。現代の50代は?AKBてか、山梨なら何オロメンてか。

別に個人の趣味・趣向にケチ付ける訳ではないが、戦後の日本人が日本的なものを余りにも蔑ろにして来たのではないのか。戦後の日教組教育で日本の歴史観を歪め、本来の自国の歴史に無知過ぎている。
イギリスの歴史学者、アーノルド・トィンビーは「その国の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる」と謂う。
正 に戦後教育は日本の神話を教えてこなかった。天皇のご存在がなぜ必要なのかも分からない衆寓政治の延長戦上に未だに浸っているのが現状だろう。
シナ中共には4千年の歴史があると嘘吹いているが、中国に4千年の歴史などないのである。有るのは戦後60年の歴史しかない、中華人民共和国があるだけなのだ。漢字や漢文を発 明した本来の漢民族など2千年も前に途絶えているのが真実なのだ。明治の日清戦争の相手は中国などではなく、清とは満州人であり、漢人ではない。2千年も前に化外の地と称する(シナ以外の他の土地は穢れた土地であり、シナとは関係ない土地の意)一方で、満州人や蒙古人等の多民族に滅ぼされ、乗っ取られてきたのがシナの歴史である。朝鮮など謂うに及ばぬシナの2千年の属国の歴史有るのみだ。

パンダもシナの動物ではない。チベットに住む動物なのだ。
チベットはシナと違い戦前からの独立国家なのだ。シナとは何の関係もないチベット仏教の聖地であり、其の指導者は昔からダライラマが法王として治めてきた敬虔なる仏教中心の国なのだ。
ウイグルも戦前は東トルキスタンという独立国家である。内蒙古も、本来はモンゴルであり、戦後のドサクサにシナ中共が侵略したものである。この様にシナ中共とは貪欲な領土欲と他民族の侵略を国是として恥じない強盗国家であり、日本の敵だけではなく世界の敵がシナ中共と謂う国家なのだ。
しかし、私はラーメンも好きだし、餃子も好きなのだが、最近は台湾ラーメンにしている。焼肉屋は一切行かない。家で焼くか、日本人経営の店しかいかない。私は日本人としての心、矜持があれば洋食でも中華でも好きに食すれば良いと思うが、日本人で日本の心、矜持のない輩は和食を食うなと謂いたい。

日本人の心を捨てた共産党の委員長が正月のテレビで、何で着物で出ているのか理解に苦しむ。
熊の毛皮でも着てろ。そんでオセチが好きだってか、こんなのはピロシキでもジャガイモでもキムチでも食ってろ、と謂いたい。ちなみにチャイナドレスは満州人の服装であり、シナ本来の服ではない。
地図で見れば分かるが、北 朝鮮との国境から上が満州であり、遼寧省、吉林省、黒竜江省、がそうである。私はシナ人民が蜂起するとしたら、この満州人の土地であるこれら3省からであろうと思う。最近シナでは中華琉球自治区援助と題して委員会を設置したと謂う。正に気違い国家、強盗国家である。


ここで産経新聞の「歴史人物高座」の記事の中で、岡田幹彦氏の一部を引用しよう。

「シナでは孔子が儒教をおこし、忠孝、仁義の人の道、倫理道徳を喧しく説いた。
しかしシナの実際の歴史は革命の連続であり、そのたびに数百万から数千万の人々が無惨に殺された。
革命の国では結局、忠孝仁義の道徳が立たず非道と虚偽と詐欺がまかり通る社会になり果てるほかなかった。
それが今日のシナである。」

引用終わり


正にその通りであり、日本が神話の時代から皇統が連綿として続く断絶なき革命なき世界唯一の国家であることを、知らないジ様が政権をかすめ取っているのが現実である。
又最近は、テレビの影響か歴史好きな女性を歴女と呼ぶらしいが、神社、仏閣をパワースポットとして訪れる女性も多いと謂う。その影響かこれまた、神話を聞く講座も盛況らしい。
問題も多少あるらしい、(騒ぐ、立ち入り禁止を無視する、食べ歩く)いかにもおばちゃん連中らしいが、神話まで行きつける人はマトモな女性達だろう。しかし世のジ様だけは何も変わらない。左にぶれて日本の良さも分からず、あの世へ行くだけの哀れな人生の持ち主である。
日本が嫌いなくせに、「ボクは日本人だから和食がいいね」とかタレてるアホよ、左にぶれてるのに、「祭りや神輿担ぐのが好きだ」と訳分からんこと謂うアホよ、お前達は日本人の前にエセが付く似非日本人だろ。

私の朝は、仏壇と靖国の御札の水を変え、柏手を打ち、お教を唱えることから始まる。30年以上続けている日課である。その後で新聞を1時間ほどコーヒーを飲みながら読んでから、子犬の世話をして成犬の散歩となる。
雨降りは散歩無し。ノーヅラで困ったものだが、犬達も承知しているので騒ぐこともない。
中にはうちの犬は利口で、散歩の時間を覚えていて、時間がくれば催促して知らせてくれると謂う方もいるが、犬は
「おおい、バカ親父早く散歩に連れてけよ。なんならもっと騒ぐぞ、使えねえなー」
と吠えてるのだが、人様が納得している以上余計なことを謂うこともあるまい。

用事がない時は殆ど自宅に居るオタク状態である。まあ犬屋だ からそんなもんだべ。
一杯やるのは8時からと決まっている。私には晩酌という習慣がない。9時半から10時位迄芋焼酎を飲んでいるが、たまに頂き物の米や麦焼酎を飲むこともあるが、やはり芋が一番うまい。
前回の独り言で赤霧島はご近所の中村さんから頂く、と書いたら中村さんが次の日、
「いやー、催促されたから1本だけ残っていた赤霧島もってきた」と届けてくれた。
すいません、催促した訳ではないのですが。それも1本しか残ってないのに申し訳ない。
これも甲斐犬との出会いがあればこそである。
「袖擦り合うのも多少の縁」とは中々行かない時代であればこそ、人の世の人情の大切さを痛感する次第である。

そろそろ休肝日かな。足の親指がピリピリしてきた。
八王子と高幡不動でスポーツジムとキックボクシングジムをやってる弟が謂うには、痛風は天使のささやきと謂われてるとのこと。どうしてだべと聞くと、それ以上悪くならないように注意してくれてるから天使のささやきと謂われているとの話に、上手いこと謂うなあと感心した。
兄弟揃って痛風持ちである。弟はビール専門だから、私は「ビールは痛風に悪いから焼酎にしろ」と謂うのだが、変えるつもりはないらしい。まあいいか、私も娘には飲む量減らすように謂われるが、馬耳東風である。
犬友がいて酒があり犬達がいればそれで満足、納得の人生だ。
ガキの頃から人並み以上の金も稼ぎ、(総て飲む、打つ、買うで残ったものは借金だ け、バクチはしないので、酒と女)
武者小路実篤か誰か忘れたが、「蒙古放浪の歌」の前にセリフがあるのだが、

「風紀名門の子女に恋するを純情の恋と誰がいう、路頭に彷徨う女性に恋するを不純の恋とだれがいう。泣いて笑って月下の酒場にて媚を売る女性は睡蓮のごとき純情あり、酒は飲むべし百薬の長、女は買うべし、夜ごと美女の膝枕で一夜明ければ夢もなし又金もなし、そしていざ歌わんかな、蒙古放浪の歌を」

で歌が始まるのだが、20歳位の記憶だから多分に違うかもしれないが、今でもこのセリフが大好きである。
まあさすがに歳には勝てず女を買うのはやめたが。

 

私の一句 「この世とは酒と花との一睡夢 露の雫に菊の栄えあれ」  南無

 

 

 

 

一服タイム,,,,,,,,

 

 

連続講座 「日本の神話」

 


青山繁晴 「普通「日本人」であるという事

 

 

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