甲斐犬オヤジの独り言11



甲斐犬一考 第二


前回に続き甲斐犬に関しての独り言だが、最近特に赤虎の子犬の註文が多い。巷間、関西方面では、黒虎六万、中虎八万、赤虎十万、という価格設定で子犬を売買していると聞く。私から謂わせれば、単なるアホ。こういう輩が甲斐犬を駄目にしているのだ。着物の色で値段が決まるなどとは、あってはならないことである。着物の色より、毛質にこだわるべきなのだ。毛の長さが適当にあるか、剛毛と綿毛が適当にあるか、蓑毛があるか、等である。

蓑毛は頸部から尾の付け根まであるのだが、本来の蓑毛は胸部の方まで入る鞍掛けと呼ばれる状態が一番の蓑毛であろう。ただ奈何せん昨今の甲斐犬には見られないのが残念だ。

一昔、二昔前までいた猪の蓑毛のような鞍掛け状態の犬はもう作れないだろう。この甲斐犬の特徴である蓑毛がないのが、赤虎の犬達だ。私個人の見解だが、甲斐犬としての疑義が赤虎の犬には感じられることが多々あるののも事実だ。

私は甲斐犬の今後の課題は、先ず蓑毛であり毛質だと考える。最近の展覧会でも、犬は良いが短毛の犬が多く見られる。これは飼い方の問題も大きく作用していると思われる。室内飼いや冬季の暖房対策の影響もあると思うのである。

勿論雌犬は出産、子育てで毛質が著しく落ちるが、本来の毛質を持っていれば、子犬には影響ないはずなのだが、問題は交配相手の雄を単に優勝犬だとか、上位入賞犬だけに捉われていないかと謂う問題であろう。

赤虎に拘って良犬の作出を目指す方には敬意を表するが、着物の色で子犬を売る輩は、本来の甲斐犬としての資質や体躯の構成、性格等の勉強をし直すべきであり、犬も人も淘汰されて行くべきである。

そう謂う私も今だこれで満足という犬が作出出来ない。合格点をやれる犬は何頭かいるのだが、納得の犬は出来ない。三十年も甲斐犬を飼っているが、合格点の犬がやっとの所。五十にして天命を知る、どころか、五十にして迷道の真っただ中。

最近はこの「論語」も知らない人がいると謂うので驚く。子、曰わく、吾十有五(15歳)にして学に志す、で始まる最も有名な一節だが、三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う(人の謂うことを聞く)と続くのだが。

孔子が賊とする人間とは、「幼くしてつつしまず、長じて何の評判もなく、歳を取ってもくたばらない。こんな奴を賊というのだ!」と指摘しているが、甲斐犬を着物の色で売る輩も私から謂わせれば賊である。

 

ちょっと一服、、、

 



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